777字 ゾロ目

本を読む、ということ

中村 雅子777字 / 約2
「本を読む、ということ」のイメージ写真

本を読む習慣をやめた時期があった。三年間ほど、活字から遠ざかっていた。理由は単純で、スマートフォンという媒体が、より手軽な刺激を常に提供してくれていたからだ。

しかし去年の秋、ふとしたきっかけで本屋に立ち寄り、一冊の薄い文庫本を手に取った。著者の名前も知らない小説だった。帯に書かれた「この静寂が、あなたを変える」という言葉に、少し笑いながらも購入した。

家に帰り、読み始めた。最初の数ページは、まったく集中できなかった。視線が文字を追っているのに、意味が頭に入ってこない。これがデジタル疲れというものか、と実感した。指が無意識にスマホを探していた。

それでも読み続けた。十分後、気づいたら世界が変わっていた。主人公の見ている景色が、私の中に静かに広がっていた。文字が、映像になり、感触になり、においになった。ページの上で、私はもう一つの人生を歩いていた。

本を読むとは、他者の脳と接続することだ、と誰かが言っていた。今その意味が少しだけわかる気がする。

スマホのコンテンツは、私に向けて作られている。アルゴリズムが私の好みを学習し、見たいものを次々と差し出す。快適だが、その快適さの中に成長はない。私は少しずつ、狭い部屋に閉じ込められていく。

本は逆だ。著者のペースで、著者の見る世界を歩く。自分の好みとは関係ない場所に、強引に連れて行かれる。その不自由さこそが、読書の醍醐味なのかもしれない。

三年ぶりに読み終えたあの夜、私は少しだけ怖くなった。こんなに豊かな時間を、三年間も手放していたのだ。

それ以来、鞄には必ず文庫本を一冊入れている。電車の五分、待ち合わせの十分、眠る前の三十分。細切れの時間が、通知ではなく紙のページで満たされていく。読むという行為は、たぶん、自分の時間を自分の手に取り戻すための、小さな抵抗なのだと思う。今夜も一冊、鞄に入れて帰ろうと思う。

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