999字 ゾロ目

SNSをやめた、31日間

伊藤 美咲999字 / 約3
「SNSをやめた、31日間」のイメージ写真

一ヶ月前、スマホからすべてのSNSアプリをアンインストールした。

きっかけは、本当に小さなことだった。深夜1時、誰かの投稿に反射的に「いいね」を押しながら、ふと思った。「私はなぜ、今ここにいるんだろう?」と。指は動いているのに、心が置き去りになっていた。

最初の三日間は、禁断症状のようなものがあった。何かあるたびにスマホを取り出す。シェアしたいと思う。誰かに見せたいと思う。でも何もない画面を見て、行き場のない指を持て余して、また閉じる。その繰り返しだった。

一週間経つと、それがようやく収まった。

代わりに何が起きたか。本を読む時間が増えた。料理をていねいにするようになった。友人と直接会って話す約束が増えた。道を歩きながら、季節の匂いや空の色に気づくようになった。

そして最も大きな変化は、「今、ここにいること」が少しずつできるようになったことだ。

SNSを使っていた頃の私は、常に「他者からどう見えるか」を気にしていた。食事の前に写真を撮る。旅行先でいい構図を探す。気の利いたコメントを頭の中で考える。体験そのものより、体験を発信することに意識が向いていた。

それをやめると、食事が素直に美味しくなった。写真に残さなくても、旅先の景色は不思議とよく記憶に残った。友人の言葉が、以前より深く胸に届くようになった。

もちろん、SNSには本物の価値がある。遠くの人と繋がれる。必要な情報が早く手に入る。同じ関心を持つ人のコミュニティができる。これらを頭から否定するつもりは、まったくない。

ただ、私の使い方が下手だっただけなのかもしれない、とも思う。通知を切る、見る時間を決める、フォローする相手を慎重に選ぶ。うまく付き合う方法は、本当はいくつもあったはずだ。それでも、一度すべてをゼロにしてみないと、自分にとって何が本当に必要なのかは分からない。

一ヶ月やってみて分かったのは、私がSNSに求めていたのは情報でも交流でもなく、ただ「手持ちぶさたな時間を埋めてくれる何か」だったということだ。その何かがぽっかりとなくなった時、はじめて自分の一日の時間の輪郭が、くっきりと見えた。

でも今の私には、その便利さよりも、知らないうちに静かに失っていたものの方が大きかった。少なくとも、この31日間はそう感じている。

来月どうするかは、まだ決めていない。この問いを持ったまま、もう少しだけ、この画面の外側で暮らしてみるつもりだ。

「SNSをやめた、31日間」の写真 2
「SNSをやめた、31日間」の写真 3

あなたも999字で、伝えたいことを書いてみませんか。

無料で書き始める →